真夏前線、異状なし
 


     6.5


ちょっぴり時間をさかのぼり、
年少さんこと、将来の“新双黒”の二人が
怪しき侵入者たちと相対す最初からを見守る眼差しがこれ在りて。

 「……。」 × 2

あくまでも念のため、敦と芥川を配置した駄菓子屋は、
今回の表立った問題行為であった“地上げ”という事態における
恐らくは最終局面となるだろう場所ではあったが、
こうまであっさり、しかもすぐさま
誘いに乗って現れてくれようとまでは思っていなかった。
だからこそ、頼りにはなるが今日は非番の若いの二人を
あくまでも念のためにと配したのだのに、

 「…判りやすい連中。」
 「だねぇ。」

首元のチョーカー、下縁から人差し指をくぐらせて弄びつつ、
呆れ返ってのこと伏し目がちの半目になって中也が呟き。
ハンドルを肘掛け代わりにするという鷹揚そうな態度にて
そんな相棒へ 似たような表情で相槌を打ってから、

 「マフィアとかやくざとか名乗っちゃいけないクチだよね、アレでは。」

かつて歴代最年少幹部の座にいた太宰が 端と言い切っていたりする。
いかにも怪しいお膳立て、
今宵の夜店祭りを嗅ぎ取って誘いに乗ってのことだろか。
いやいやそれも怪しいぞと、
二人が何だかなぁと複雑な顔になっている此処は、
一応の用心に店の周囲の通りを見張れるようにと取り付けた
監視用防犯カメラの映像を見守っていた太宰と中也が、
自分たちの持ち場での 出番までを待機していたボックスカーの中であり。

「敦くんたちが
 手先らしきゴロツキたちと遭遇したのが、今日本日の午前の話なら。」

か弱い老女に何て乱暴なと見かねた敦が出張って追い払い、
その時点では地上げ云々が絡む嫌がらせだとは知らなかった彼らだが、
相手にしてみりゃあ、妙な助っ人が現れたなんて方向での誤解をしても不思議はない。
今時の若いのには珍しく、
恐持て相手に首を突っ込んで来たような 怖いもの知らずのお人よしだけに、(…苦笑)
事情を聞いて“一肌脱ごう”なんて展開にだってなりかねぬと。
悪党ならではの“身に覚え”があってのこと、
勝手に警戒し、手早く鳬を付けようなんていう展開となったのかも。

 “ああいう連中ならではな嗅覚って、存外馬鹿には出来ないからねぇ。”

褒められはしないが、そういう経験値は伊達じゃあなかろう。
そしてそういう輩は、どんな相手であれ油断はせず手も抜かず、
刃を閃かせたのなら徹底的に打ちのめす。
単なるチンピラの集まりにすぎないような、烏合の衆の寄り合いならいざ知らず、
脅しすかしという非合法な手際込みで“目的”を性急に沈黙させられると、
そんな物騒な依頼を請け負えるだけの
一応は“組織力”をもってた一味ではあったらしいけれど。

 「選りにも選って“ポートマフィア”を見くびって
  勝手に脅し文句に引っ張り出すよなレベルだっただけはあるってところ?」

そんなことをしても当事者の耳には入らぬだろうと高を括っていたらしく、
こんな瑣末なことへのアンテナなぞいちいち張ってはないだろと買いかぶられていたものか、
いやいや大雑把で鈍感な組織だろよと見くびられていたのかも。
確かに、あまりにささやかなことへはいちいち目くじら立てないが、

 「角屋のおばあちゃんに目をつけたのが運の尽きだったねぇ。」

そう。
あの、度胸のある老女は、その昔 他でもない中也や太宰も世話になったお人であり、
もしかしてもしかしたら、
首領である鴎外も そこいらをかんがみて
今回 手隙だった中也をわざわざ放ったのやもしれぬ。

 “……。”

堅気の人間からは疎まれるだろ、所謂やくざな人間だという自覚はあるので、
嫌がられたり つんけんした顔をされても仕方がないと割り切ってはいたが、

 “おばさん、覚えてたみたいだな。”

久々に顔を合わせた駄菓子屋の女主人は、
角突き合わせてた最中に不意に態度を軟化させ、
結果として中也の望んだチンピラどもの連絡先を教えてくれた。
世間というものにある程度揉まれて来ていても、
首領やあのおばさまからすれば
自分たちなんてまだまだ青二才のガキなのであり。
何も言わぬまま、あれもこれも察してくださっての運びかもしれないななんて、
想いが至っていたところ…、

「…あ。」
「…っ!」

不意を突かれた急襲にもきっちり対していた虎の子くんたちを、
この程度の格の輩ではねと、特に不安もないまま見守っていたのだが。
相手方の頭目が自棄になってだろう改造拳銃を撃ったことへの素早い反応、
いきなり銃撃の正面へ飛び出し、しかもその身を広げた行為には、
こちらの兄人二人も思わず身を起こすほど慌ててしまい、
そのまま眉を寄せてしまう。
中也なぞ、反射的にすぐ真横のドアに手を掛け、
外へと飛び出しかけたほどだったが、

「…っ。」
「ダメだよ、中也。」

それをこちらも素早く制すよに、
太宰が腕を伸べ、薄く開きかかったドアを内側からがっしと掴んで引き留める。
キッと一瞬睨まれたものの、
視線を合わせたまま、ゆるゆるとかぶりを振られたことで小さく息をつき、
何とか思いとどまってくれて。
その代わり、彼の少年の直接の上司でもある太宰へ問うたのが、

「敦のこれはどういう反射かな?」
「本能と真逆、だよね。」

四肢を四方へ突っ張らかし、その身を広げるだけ開くという格好で、
言ってみりゃあ“その身に当たれ”と盾になった彼であり。
守りたいという気持ちが嵩じてのものだろうが、

「なんて馬鹿な真似を…。」

彼が庇ったのは古びた店舗だ。
弾痕まみれという痛々しい姿にしたくはなかったのだろうけれど、
人がその生身で庇うものではないはずで。
決して過信するよな子ではないのだがなぁと、
むしろ物怖じしまくる普段だのに、それとの落差が却ってまずいのか。
いやいやいや、そんな次元の“ただの反動”と片づけていいものとも思われずで。

 「あの“超再生”とかいう異能もなぁ。」

月下獣という異能に付属するそれ。
強靱な毛並みがあっても防ぎきれなんだ裂傷や打撲を
たちまち飲み込む奇跡の特性。
大概の深手がその場で治癒に至るのは助かるものの、
なんて便利な能力だろかなぞと思ってなかろうか、
重宝してはなかろうかと、実は中也もつねづね案じていた。
治癒するとは言っても文字通り身を裂くほどの痛い想いはするのだ、
なのにあんな風に身を呈すことへ馴れてはいかんだろ。
とりあえず、薄暗い画面の中で大急ぎで再生を為して立ち上がる虎の子へ、
手刀を振り下ろす真似をし、チョップだこの野郎と小声でつぶやく。

 「庇われた側がどんな想いをするかって方向で説教せねばな。」

勿論のこと、案じるこの俺もヒリヒリすんだぞ このヤロがと、
表情豊かな口許、それは判りやすくもへの字に曲げておれば、

 「ところで、敦くんが言う“そんな顔”ってのはどんな顔なのか、
  中也、キミには心当たりあるのかい?」

配置された場にて、相方の芥川へ
彼なりの信条から出たもの、頑として譲れぬと言い張った少年で。
むやみに殺傷するな、血を流すなと言った虎の子くんと睨めっこになって、

『  ……。////////』

何とも応じず無言のままで向かい合っておれば、
敦の側に照れが出て来たか、どんどんと赤くなり、表情が歪んで来て、

『……わざとそんな顔してるだろ、芥川。』
『どんな顔だ。』
『教えない。//////////』

言ったところできっと信じないよと、恨めしそうに言い返した敦であり。
敦が照れてたまらなくなってしまった折の
芥川の顔とやらを問うた太宰だったらしいと、
ここまでずぼらな言い回しでもそれと判った重力使い殿ではあったれど、

「さてな。防犯カメラには映ってなかっただろうが。」

ちょうど敦の顔が映っていたがため、
芥川の目にそうと映っていたのと同じように
彼の少年のお顔が赤らむのは見て取れたが
向かい合ってた芥川の顔は残念ながら見えなくて。
見えねぇもんは判らねぇよと素っ気なく応じた中也だったが、

 『このごろ、芥川の表情が豊かになって来て。』

そうと言う敦自身も、年上だのにとこだわってたのが薄れて来つつあり、
会話の中でなど気軽に呼び捨ててもいて。
それだけ親しみが深まったせいだろうなと苦笑しつつ聞いておれば、

『時々、なんて言うのか、
 あやすような揶揄うような微笑ましいと言いたいような、
 何かそういう顔するんですよね。』

お兄ちゃん属性だからかな、
でもなんか、優しく構うような顔というのは
まだちょっとぶきっちょで無理らしくって。
照れてる顔と困ってる顔が混ざったようなそれですしねと、
上手く言えないのへむずがる敦だったのを思い出す。
ちょっと蒸した日だったのでと、
フローリングへさらりと肌触りのいい籐莚(とうむしろ)を敷いていたのを珍しがり、
その上へごろりと寝そべってた愛し子は、
自分が繰り出した言い回しがぴたりとはまってはないことへだろう
う〜んとむずがるよな顔になり、

『そう、太宰さんがちょっと揶揄うような、それでいて甘やかすような、
 そういう言い回しをしてくるときの笑い方みたいな?』

『なんだそりゃ。』

くつくつ笑うと、中也の足元でお顔を逆さまの仰のけにし、
だ〜か〜ら〜とむずがって見せたのが駄々っ子みたいで可愛くて。
彼もまた ぶきっちょなりに、だが、
自分の想いに沿うような表現に辿り着くまでを
色々な言いようを重ねて誤差を削ったり重ねたりして推敲する子で。
粘り強さと説得力は大したものだと思いつつ、
お兄ちゃんぶる芥川は嫌か?と問うたら、

『いえ。なんか可愛いなと思えたりして…。』

 だって頭を押さえつけるような格好じゃあなくて、
 大丈夫か?手を貸すぞって案じてくれるばっかりで。
 
『あ、これって何か偉そうな言い方ですよね、ナイショですよ?』

口許へ人差し指を立てて“しーですよ”なんてして見せた虎の子くんへ、
あまりのかわいさに中てられてウッと口ごもってたくせに、
きっちりお説教できる中也さんなのか
はなはだ疑問な外野だったのでございます。(苦笑)

  “…うっせぇよっ





 to be continued. (17.07.29.〜)





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  *今回は年少さんたちの活劇が先だったので、
  それを観ていたお兄さんコンビの感想なぞ。
  敦くんの“超再生”は、本人が便利だと思ってそうで危ぶまれるなぁと案じる二人です。
  孤児院で散々痛い想いしたから耐性あるしとか思ってないか、
  そこへお座りと構えて、一度きっちり話し合った方がいいかもなと思いまして。